2014年7月22日火曜日

看護支援相談室便り No.148

 友人が茗荷の根を持って来てくれた。
放っておいても育つから裏庭に植えたと言う。子供の頃、茗荷を採りに行くのは私の仕事だった。夕食の薬味の為が多く、やぶ蚊に刺されながらの仕事は、嫌なものだった。父は好んで食べていたが、私は細かく刻んでもザラザラとしている感触が好きではなかった。
 友人が根と一緒に持って来てくれた茗荷は、白っぽい薄紅色をしていた。茗荷は、地表に出たら風味が落ちるから、土の中にある物を掘って採るのだという。竹の子と同じだ。
薄紅色の茗荷は、香りもよく、柔らかで、おかかと生姜によく調和し、絶品の冷奴になってくれた。
来年の梅雨の季節には、柔らかな茗荷が採れると思うと、楽しみだ。

平成26年7月18日  古賀 八重子

2014年7月7日月曜日

看護支援相談室便り No.147

看護協会の総会に出席した。

終了後の講演会はトーク&コンサートだった。21歳でクローン病を発症したフルーティストの奥田良子さんと、夫でありベーシストの勝彦さんの演奏とお話に惹きこまれた。繰り返し襲ってくる病気に絶望し、未来が無くなったと思った時、涙が止まらなかった。絶望の中で、美しい神戸の海を見て歌ったという「海をみていた午後」、頑張っている自分を思い出して欲しいと歌ってくれた「雨のちハレルヤ」、オカリナの「ハナミズキ」。苦難を乗り越えたからこそわかる、生きている喜びや幸せ。

「苦しみには、必ず出口がある」と気付いたのは、たくさんの人の支えのおかげだと。黙って背中をさすってくれた看護師さん、「大丈夫?」と声をかけてくれた看護師さん、みんなのおかげで、「もう一度生きてみよう」と思えるようになった。
人は希望を失った時死ぬ(夜と霧:フランクル)。希望の小窓を閉じさせなかった理由は、音楽であり、社会や人との関わりであった。
その中に、たくさんの看護師が居たことを嬉しく思った。

 「未来の自分が後悔しないように、生きて行きたい」、二人からのメッセージを、しっかり受け止めた。


平成26年7月3日   古賀 八重子