半年前退職した新人から手紙が来た。
退職時は、新しい道を選ぶと言っていたが、1ヶ月前から看護師に戻ったと言う。
彼女の柔らかさは、看護師にとても向いていると思っていたので、本当に嬉しい。
今、悩んでいる卒業生も居るので、彼女の手紙の1部を掲載させてもらう許可を貰った。
[今日は、近況をお知らせしたく、ペンをとりました。実は私、また看護師として働いているんです。退職時、「もう二度と看護師はしない」と言ってのけた私ですから、驚かれた事でしょう。喜んで頂けけると嬉しいのですが。
地元に戻り、やりたかった勉強を続けている時、結婚を意識するくらいの恋人ができました。将来を考えた時、結婚しても続けられる仕事をしたいと思ったこと、パソコンと向き合う毎日で、いい加減、人と向き合って生きたいと思ったからです。徳洲会で、看護師を続けて行けなかったことは残念ですが、全く別の職業を目指してみて、やはり看護師をしたいと考えるようになりました。今の職場は、ステルベンや急変もなく、人間関係もいいので、精神的に余裕をもって仕事をすることができています。
辞めてからもずっと、支援室便りを拝読しておりました。同期のT君が2年目、先輩になったんだなあと思うと感慨深いものがありますね(笑)更新を楽しみにしています。またいいお知らせができるよう頑張っていきますので、静岡から見守っていて下さいね]
当時、「僕らよりいいものをたくさん持っている、将来いい指導者になれる人だ。だから休みたいだけ休んでいいから、辞めさせないでほしい」と支援室に頼みに来たプリセプターのNさん。
あの当時は、無理だったけど、今、看護師に戻ってくれたことを喜んでほしい。
平成26年5月29日 古賀 八重子
2014年5月30日金曜日
2014年5月23日金曜日
看護支援相談室便り No.142
週末、上高地を散策して来た。
八ヶ岳I.Cから見えた残雪の甲斐駒岳、木立の間から見える焼岳の美しさ、川底の小石まで見える梓川の清流。
高い山を目指していた頃は、頂上から見える景色が最高だった。
上高地は、アルプスの入り口であり出口だった。
今、アルプスは、見る山に変わった。
咲き始めたニリン草やネコノメ草を見ながら、ゆっくり歩いた。
吹いてくる風さえ、非日常の柔らかさだ。
高く、速く、登り続けた頃もなつかしいが、下から見る山の美しさもある。
年齢相応の人生の楽しみ方があるよ、と教えられた気がする。
平成26年5月22日 古賀 八重子
八ヶ岳I.Cから見えた残雪の甲斐駒岳、木立の間から見える焼岳の美しさ、川底の小石まで見える梓川の清流。
高い山を目指していた頃は、頂上から見える景色が最高だった。
上高地は、アルプスの入り口であり出口だった。
今、アルプスは、見る山に変わった。
咲き始めたニリン草やネコノメ草を見ながら、ゆっくり歩いた。
吹いてくる風さえ、非日常の柔らかさだ。
高く、速く、登り続けた頃もなつかしいが、下から見る山の美しさもある。
年齢相応の人生の楽しみ方があるよ、と教えられた気がする。
平成26年5月22日 古賀 八重子
2014年5月16日金曜日
看護支援相談室便り No.141
今年も元気な母と「母の日」を迎えることができた。
母は記憶の一部を失っているが、礼儀正しさや性格は変わっていない。
連休中、家で過ごすために迎えに行った時も、運転をしてくれた義弟に「お久しぶりです。お世話をかけてすいません」と恐縮していた。妹夫婦と一緒によく食べよく笑った。
どんなに関わっても、悔いの残らない別れはないというが、この数年間は本当にありがたい時間を持つことができている。自己満足かも知れないが、父や夫の時には持てなかった、ゆったりした時間を楽しむことができた。
夕方、谷沿いの道をウォーキングしていたら、真っ赤な野苺が群生していた。
昔、父が母親の思い出を話してくれたことがあった。学校帰りに田植えをしている傍を通りかかったら、雨が降っているのに、崖を登って野苺を両手に一杯採ってくれた。
あの時の苺の味が忘れられないと。
私にも、母にも繋がる思い出の食べ物が一杯ある。
平成26年5月15日 古賀 八重子
母は記憶の一部を失っているが、礼儀正しさや性格は変わっていない。
連休中、家で過ごすために迎えに行った時も、運転をしてくれた義弟に「お久しぶりです。お世話をかけてすいません」と恐縮していた。妹夫婦と一緒によく食べよく笑った。
どんなに関わっても、悔いの残らない別れはないというが、この数年間は本当にありがたい時間を持つことができている。自己満足かも知れないが、父や夫の時には持てなかった、ゆったりした時間を楽しむことができた。
夕方、谷沿いの道をウォーキングしていたら、真っ赤な野苺が群生していた。
昔、父が母親の思い出を話してくれたことがあった。学校帰りに田植えをしている傍を通りかかったら、雨が降っているのに、崖を登って野苺を両手に一杯採ってくれた。
あの時の苺の味が忘れられないと。
私にも、母にも繋がる思い出の食べ物が一杯ある。
平成26年5月15日 古賀 八重子
2014年5月9日金曜日
看護支援相談室便り No.140
元気になれることがあった。
退職するN師長さんが挨拶に来てくれた。
いつも支援室便りを読んでくれていたと言う。辞めてからも見るので、健康に気を付けて頑張って下さいと。1年で退職して3年前に再就職した時、「今度は急に居なくならないで下さいね」と言われたことが、負い目としてあった。だから、支援室の事を気に掛けてくれていたことが嬉しかった。
通信課程で勉強を始めた准看護師さん達が来室。課題の解答をすぐに見つけてあげることができた。「急ぐ時や、時間が無い時は電話をくれれば探して付箋紙を淹れておくから」と言ったら喜んでくれた。自分も苦学したので、この人達のために何でもしてあげたいと思ってしまう。6年かかって卒業した人もいるので、二人が卒業するまで頑張るとは言えないが、健康に気を付けて支援室を守っていきたい。
この1ヶ月、週5日飲んでいたビールを2日にしてる。
平成26年5月8日 古賀 八重子
退職するN師長さんが挨拶に来てくれた。
いつも支援室便りを読んでくれていたと言う。辞めてからも見るので、健康に気を付けて頑張って下さいと。1年で退職して3年前に再就職した時、「今度は急に居なくならないで下さいね」と言われたことが、負い目としてあった。だから、支援室の事を気に掛けてくれていたことが嬉しかった。
通信課程で勉強を始めた准看護師さん達が来室。課題の解答をすぐに見つけてあげることができた。「急ぐ時や、時間が無い時は電話をくれれば探して付箋紙を淹れておくから」と言ったら喜んでくれた。自分も苦学したので、この人達のために何でもしてあげたいと思ってしまう。6年かかって卒業した人もいるので、二人が卒業するまで頑張るとは言えないが、健康に気を付けて支援室を守っていきたい。
この1ヶ月、週5日飲んでいたビールを2日にしてる。
平成26年5月8日 古賀 八重子
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