2013年9月30日月曜日

看護支援相談室便り No.115

さわやかウォーキングで、新美南吉記念館に行ってきた。
それは、古里とよく似た原風景の中にあった。
遊歩道が巡り、せせらぎがながれている童話の森、
展示室では、夭折した作家の悔しい思いも受けとめた。
ひさしぶりの静かな時間、ゆっくりと「ごんぎつね」を読んだ。
かなしい結末だけど、誰かのために、何かできることは幸せではないか、

「でんでんむしのかなしみ」「ごんぎつね」「てぶくろをかいに」・・・
どの作品も、やさしさやあたたかさを感じさせてくれる。
この頃、人間のいろいろな面を見たり聞いたりする日々が続いている。
でも、どんな事があっても、人間は人間、人生は生きるに値するものだと、励まされて帰って来た。

10月の展示本の1冊は、「ごんぎつね」です。


平成25年9月27日   古賀 八重子

2013年9月24日火曜日

看護支援相談室便り  No.114

Aさんが退職の挨拶に見えた。
専修話した時は、9月30日までという事だった。
もう限界です、という。

「大学を卒業して4年間、どこへ行っても1ヶ月しか続かなかったけど、ここで6カ月働くことができて、自分も続けることができると思うことができた。
新しいことに挑戦できる力をもらった。
ウェブデザイナーになります。」

別人のように、スッキリした顔で言われると、良かったねとしか言えない。
「6カ月しか」でなく「6カ月も働けた」という捉え方は、新鮮だった。
最初の作品ができたら、見せてくれるという。

元気なら、それでいいとしよう。

平成25年9月30日  古賀 八重子

2013年9月14日土曜日

看護支援相談室便り No.113

「自分は、ナースとしての適性がないのではないか?
感受性が強すぎて、働き辛い」とAさんが言う。

先日も患者さんが亡くなった時、その場にいることも辛いと思った。
先輩から、「患者さんが亡くなるたびに落ち込んでいたらやっていけないよ、割り切って処理しないと」と言われた。
「処理」と言う言葉が胸に刺さった。
私は、そんな風になれない、やっぱり看護師には向かない。
余力が残っているうちに、新しい道に進みたい、と言う。

理解力もあり、やさしいAさんは、いいナースになると思っていた。
私も、同じ悩みを感じたことがある、
でも、人間の死や苦しみに感覚を鈍らすことがないように努力してきた。
今の気持ちを大切にしてもいいのではないか、と伝えた。

「看護に、未練はない」
この言葉はこたえた。


平成25年9月13日   古賀 八重子

2013年9月2日月曜日

看護支援相談室便り  No.112

Kさんが8月末での退職を決めた。
今日、最後の昼食を二人で食べた。
私は、新人教育の責任を果たせなかった。
一番辛いのは、彼女の次の場所がみえないことだ。

「この6カ月、走り続けてきたから、少しゆっくりしたい。
尾瀬に行ってきます。お土産持ってまた来ます。」
まだ乗りこえる時間はなかったはずだから「これから」の話はしなかった。

何もできなくてゴメンと言ったら、居てくれただけで助かったですと言ってくれた。
今回も育てられたのは、私の方だった。


平成25年8月30日  古賀 八重子