2012年7月30日月曜日

看護支援相談室便り 番外編

支援室OBとのティータイムへ来て下さい。

8月8日(水)15:00~16:00
昨年退職したHさんが支援室に来てくれます。
病棟に行けなかったHさんが、他の病院で元気に働いているという報告はNo.58に書きました。
徳洲会を退職しても、看護師を続けてくれればいい、
いつでも、どこでも、やり直しができる事を伝えて、安心して進路選択をしてほしい、
と思っています。
新人が、道半ばで挫折していくのを見るのは残念なことです。
必要とされれば、「居場所」が見つかるまで、援助し続ける存在でありたい。

Hさんを知ってる人も、知らない人も、会いに来てください。

平成24年7月30日  古賀 八重子

2012年7月24日火曜日

看護支援相談室便り No.60

短歌をやっていて良かったと思うのは、共感できる歌やいい表現に出会えた時だ。
美しい花や絵を見た時のようにときめく。
今回の歌会は、雨で二番煎じが終わらなかった農家や、急に仕事が忙しくなった人が居て二人だけの会だった。
しかし、Hさんの歌は共感でき、世界を広げてくれた。

それぞれの緑を持ちて木々達は、けもののごとく揺れて鳴りいる

黄味帯びた再生紙で届く通知書は「主文」で始まる「後見人許可」

緑を輝かせていた新緑の木が、台風でしなり狂い鳴くような声をあげている状態、
障害者になった弟さんの後見人通知の事務的文書が、再生紙に印刷されていたことに悲しみと覚悟の中で、少しほっとした気持ち。
私は、二首の歌に思いを重ねることができた。

歌会の後も、Hさんが読んだというバージニア・ウルフの
「精神の独立のためには自分一人の空間と何がしかの収入が必須だ」(私ひとりの部屋)という言葉に盛り上がった。
この会には、私の大切にしているものがある。

平成24年7月23日  古賀 八重子

2012年7月17日火曜日

看護支援相談室だより No.59

私は、仕事の話を聞くのが好きである。
卒業生から、入職3カ月の奮闘ぶりを聞いた。
新人が叱られているのを見た患者さんが、「皆新人の時があったんだよね」と助けてくれた。「ありがとう、助けてくれて」と言ったら「何もしてないよ、当たり前のことを言っただけ」と笑ってくれた。完治しない病気と闘っている人のさりげない優しさに救われるという。トラベルビーのいう「人間対人間の関係」が成立する実践の場だと思う。

認知症だという患者さんに「昨日、ホタルを見にいきました。Kさんの近くにも見れるところがありますか」という話から会話が弾み「病院に来るのはいやだけど、この頃と楽しくなった。病気が少しずつよくなっているのがわかるから」と言ってくれた。
ほとんど反応がないという記録が続く中で、新人が、そのような事を記録に書いてもいいか先輩に聞いたら「自分もそういう事を記録に書きたいと思っていた」と言われ嬉しくなったという。
誰でも、仕事をしていて、嬉しい事があった時、確認してくれる人がほしい。
伝えたい相手として、私の所に来てくれることはうれしい。
でも、彼女の周りにも、「伝わる」「つながる」「分かり合える」人が増えたら、もっと嬉しい。

平成24年7月17日  古賀 八重子

2012年7月9日月曜日

看護支援相談室便り No.58

昨年11月に退職した新人のHさんから、メールと電話があった。
「新しい病院で、見違えるように変わったと思います。外科病棟で夜勤も2交替で月7~8回入ったり、完全にメンバーでやっています。期待をもたれているからか、日々やりがいをもってやれています」
「以前のようなメンタルの症状は全くありません。自分でもびっくり。元気にやっています。それを伝えたくて電話しました。」

Hさんとは、支援室で1日中一緒にいたり、一人では病棟に行けないと言われて付いて行ったり、濃厚な関わりをした。社会人としては、通用しないという批判もあった。でも、いつか必ず自立してくれると信じていた。
彼女が自分のことを表出できるようになって、あと少しで落ち着くと感じた頃、
「こんなに甘やかされた?環境ではだめになってしまう。新しい病院で頑張りたい」
と退職を告げられた時は、無力感におそわれてしまった。
しかし、徳洲会での7カ月があったから、新しい病院で頑張ろうというエネルギーが湧いたのだと、勝手に解釈して見送った。

「今の病院では、期待をもたれているから」という言葉には、私たちも、「期待していたのに」と言いたいが、当時のHさんの心には負担だったのだろう。
「看護は好き」なのに、「看護師の仕事ができない」と悩んでいたHさんが、元気で看護師を続けているのは嬉しいことだ。
居場所が見つかれば、人は自立していけると改めて教えられた。

平成24年7月9日  古賀 八重子

2012年7月3日火曜日

看護支援相談室便り No.57

やはり「北風より太陽」だと思うことがあった。

支援室には、ささやかだが図書室があり、貸出しをしている。
いくら催促しても返却してくれなかった人が「本を返しにきました」と来てくれた。

貸し出して1年以上たった本だったが、催促に行っても、顔もみてくれず「探してみます」と言うだけで連絡はなかった。
貸出し規定には、冊数や機関は定められているが、紛失した場合の責任については定められていない。でも失くしたならそれなりの手続きをしえほしいと、メールを送信し続けたが反応はなかった。
今回、その人が看護研究のメンバーになり、1年間関わることになった。
私は、自分の気持ちに嘘がつけない人間なので、これから1年間、関わっていくことを思うと、正直ゆううつな気持ちになっていた。
こんな気持ちのまま指導はできないと考え、最初に図書の事を解決しようと思った。
しかし、講義のすぐ後、すがるような目をして「研究はやった事が無いので心配です」と言われると「文献をさがしながら、少しずつ進めていこうね」という私の中には、こだわりが消えていた。
彼女は、仕事の帰りに、文献をさがしにくるようになった。

そして、本は返ってきた。
6400円の本が返却されたことより、まっすぐに目を見て話せる人が、増えたことがうれしい。

平成24年7月2日  古賀 八重子