2012年2月6日月曜日

看護支援相談室だより No.37

Sさんとの思い出 1

Sさんとの関係が動いたのは、5月の連休明けだった。私が、1週間近く休んだ後、彼女は来なくなった。いつもなら、電話をすればすぐ返信が来たのに、返事がこなかった。5月の連休明けを心配していたが、その通りだった。一人でいって、不安になっている姿が浮かんだ。電話をし続けて5日目、やっと連絡がついた。やはり、連休の間、落ち込んだようだ。しかし、「なんとかしたい」という気持ちが勝ったことが嬉しかった。
「やりかけのパソコンの仕事があるし、寮で何かあれば、病院に迷惑がかかるから」という理由に、Sさんの責任感の強さを感じた。

それから、私と彼女は、本気になって、職場復帰の計画をたてた。6月から半日でもいいから病棟に行く。給料をもらって申し訳ないと考えなくてもいいように、研修の形で復帰する。寮をでて、実家から通う。経済的なことは父親に相談して解決する。

6月3日、私とSさんは一緒に病棟に行った。
甘いと言われるかもしれないが、そうせざるを得ない思いがあった。
4月1日、病棟に行った時、次の日には行けなくなった。
そのトラウマを、今度は絶対になくしたいと思ったからだ。
4月の時、新しい病棟の人たちは、あたたかく迎えてくれた。心配はことは何も起こらなかった。でも、その穏やかさが信じられなかった。この病棟でも、昨年のようなことが起こって。「だめな人間」になるかもしれないと思ったら、怖くて、病院へ行けなくなったと言うのだ。

ここに居場所があると思ってもらいたくて、私も病棟に行った。

平成24年2月6日   古賀 八重子