新しい年が始まりました。
1月14日に関東ブロックの研究発表会があり、その講評を頼まれていたので、お正月も課題を抱えてすごしました。やっと落ち着いたところです。
今年は、新年早々嬉しいことがありました。
Sさんから年賀状が届いたのです。
私が3年前に1年間だけこの病院に勤めた時、休職していたSさんが、10ヶ月ぶりに職場復帰するまで、支援室で3ヶ月、共に暮らし?ました。Sさんとの関わりが、最初の仕事でした。新人の心が折れていく状況を悲しく思いましたが、立ち直っていく姿をみて、安心しました。
しかし、私が退職した後しばらくして、Sさんも退職した事を知りました。何回か電話をしたのですが、返信がなく、私はそれをSさんの意思と思って連絡をやめました。
3年ぶりに来た年賀状には、転職を2回して、今は入浴サービスの仕事をしていると書いてありました。「自分が看護師でいいのかわからない。看護の喜び等感じられない」と悩んでいたのに、やっぱり看護師として働いていてくれたのです。そして、「今、初めて自分が必要とされている居場所を見つけた」と言うのです。
すぐに、電話をして、逢いました。
そして、今の自分があるのは、支援室のおかげだと言ってくれました。
あの3ヶ月間は本当に楽しかったと。
4月中旬、寮にSさんを迎えに行ってから約3ヶ月、支援室で過ごした時間は、私にとっても、楽しくし幸せな日々でした。学校に勤務していた時、こんなに自由に、ゆっくりと学生に関われたことはありませんでした。私は、何の指示もださなかったし、Sさんも、病院に来れなくなった理由など、なにも話しませんでした。ただ、11時頃の出勤が、少しずつ早くなっていく変化を喜んで待っていました。
Sさんとの関わりのことでは、書きたいことが一杯あります。今回逢った時、書いてもいいと言ってくれたので、思い出しながら書かせてもらおうと思います。
私に、いろんな事を教えてくれた若い友人のことを、伝えたいのです。
平成24年1月23日 古賀 八重子