「折り合いをつける」
退職したSさんと話した時、「この頃、折り合いがつけられるようになった」と言う。
以前は、相手の言葉や求めていることと違う思いがある時、自分の気持ちをコントロールできなかった。
「できない新人と言われるのは事実だから耐えられる。でも、頑張ってやって失敗した時に、できないダメな新人という批判には耐えられない」と話してくれた事がある。
今、人や事柄に対して、そういうこと(考え)もあるとわかって、自分なりに折り合いをつけることができるようになったと。
Sさんは「指導者に対し素直でない」「言っても態度の変容がない」と言われることがあった。支援室に居る時の彼女からは想像できない批判だった。
彼女の心の中にある何かは、
生きる上で、譲ることができないもの、触れてほしくないものだったのかもしれない。
子供でも大人でも、その人が黙ってしまった時は、何か理由がある。
その理由が本人にわかってない時もあって、人が人とかかわりあうことはむつかしい。
彼女の生きづらさの原因が少しわかった気がする。
人には心があり、人格がある。
彼女が、なじめなかったのは「折り合いをつけれない」彼女を、私達が理解できなかったからではないか、考えさせられる言葉だった。
平成24年1月30日 古賀 八重子
2012年1月30日月曜日
2012年1月23日月曜日
看護支援相談室だより No.35
新しい年が始まりました。
1月14日に関東ブロックの研究発表会があり、その講評を頼まれていたので、お正月も課題を抱えてすごしました。やっと落ち着いたところです。
今年は、新年早々嬉しいことがありました。
Sさんから年賀状が届いたのです。
私が3年前に1年間だけこの病院に勤めた時、休職していたSさんが、10ヶ月ぶりに職場復帰するまで、支援室で3ヶ月、共に暮らし?ました。Sさんとの関わりが、最初の仕事でした。新人の心が折れていく状況を悲しく思いましたが、立ち直っていく姿をみて、安心しました。
しかし、私が退職した後しばらくして、Sさんも退職した事を知りました。何回か電話をしたのですが、返信がなく、私はそれをSさんの意思と思って連絡をやめました。
3年ぶりに来た年賀状には、転職を2回して、今は入浴サービスの仕事をしていると書いてありました。「自分が看護師でいいのかわからない。看護の喜び等感じられない」と悩んでいたのに、やっぱり看護師として働いていてくれたのです。そして、「今、初めて自分が必要とされている居場所を見つけた」と言うのです。
すぐに、電話をして、逢いました。
そして、今の自分があるのは、支援室のおかげだと言ってくれました。
あの3ヶ月間は本当に楽しかったと。
4月中旬、寮にSさんを迎えに行ってから約3ヶ月、支援室で過ごした時間は、私にとっても、楽しくし幸せな日々でした。学校に勤務していた時、こんなに自由に、ゆっくりと学生に関われたことはありませんでした。私は、何の指示もださなかったし、Sさんも、病院に来れなくなった理由など、なにも話しませんでした。ただ、11時頃の出勤が、少しずつ早くなっていく変化を喜んで待っていました。
Sさんとの関わりのことでは、書きたいことが一杯あります。今回逢った時、書いてもいいと言ってくれたので、思い出しながら書かせてもらおうと思います。
私に、いろんな事を教えてくれた若い友人のことを、伝えたいのです。
平成24年1月23日 古賀 八重子
1月14日に関東ブロックの研究発表会があり、その講評を頼まれていたので、お正月も課題を抱えてすごしました。やっと落ち着いたところです。
今年は、新年早々嬉しいことがありました。
Sさんから年賀状が届いたのです。
私が3年前に1年間だけこの病院に勤めた時、休職していたSさんが、10ヶ月ぶりに職場復帰するまで、支援室で3ヶ月、共に暮らし?ました。Sさんとの関わりが、最初の仕事でした。新人の心が折れていく状況を悲しく思いましたが、立ち直っていく姿をみて、安心しました。
しかし、私が退職した後しばらくして、Sさんも退職した事を知りました。何回か電話をしたのですが、返信がなく、私はそれをSさんの意思と思って連絡をやめました。
3年ぶりに来た年賀状には、転職を2回して、今は入浴サービスの仕事をしていると書いてありました。「自分が看護師でいいのかわからない。看護の喜び等感じられない」と悩んでいたのに、やっぱり看護師として働いていてくれたのです。そして、「今、初めて自分が必要とされている居場所を見つけた」と言うのです。
すぐに、電話をして、逢いました。
そして、今の自分があるのは、支援室のおかげだと言ってくれました。
あの3ヶ月間は本当に楽しかったと。
4月中旬、寮にSさんを迎えに行ってから約3ヶ月、支援室で過ごした時間は、私にとっても、楽しくし幸せな日々でした。学校に勤務していた時、こんなに自由に、ゆっくりと学生に関われたことはありませんでした。私は、何の指示もださなかったし、Sさんも、病院に来れなくなった理由など、なにも話しませんでした。ただ、11時頃の出勤が、少しずつ早くなっていく変化を喜んで待っていました。
Sさんとの関わりのことでは、書きたいことが一杯あります。今回逢った時、書いてもいいと言ってくれたので、思い出しながら書かせてもらおうと思います。
私に、いろんな事を教えてくれた若い友人のことを、伝えたいのです。
平成24年1月23日 古賀 八重子
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