京都に行ってきました。
久しぶりに休暇をとって、秋の京都に行ってきました。
浄瑠璃寺に行きたいと思ったからです。
雑誌で読んだ「京都で一番いい空気をもった寺」という言葉に惹かれました。
1178年に、浄土庭園として造られた庭が、今もそのまま残っている、静かなお寺でした。
池にはススキが生い茂り、千両・万両の紅い実が映え、萩の散った根元に、野菊(古代菊)がひっそりと咲いていました。
手入れをしていないように見える手入れが、丁寧にされているように感じました。
澄みきった静寂と清浄の浄瑠璃世界がありました。
自分が育った田舎の原風景と同じです。
亡くなった夫は、京都が好きで、桜と紅葉の季節は、2時間待ちでも行列して、見にいっていました。私は静かに見るのが好きで、名も無い山の桜や紅葉を見に出かけていました。
今回、大覚寺と平等院の紅葉も見てきました。
完璧というような造形美もまたいいものだと気が付きました。
もう一つの目的だった清水焼の徳利を買ったので、熱燗で飲む冬が楽しみです。
平成23年11月25日 古賀 八重子
2011年11月26日土曜日
2011年11月14日月曜日
看護支援相談室だより No.31
「生きている意味がわからない」と彼女は言う。
皆は、「生きている意味がわかっている人なんてそんなに居ない」と慰めてくれる。
「でも、そんな言葉は、自分にとって何の意味もない。皆は笑って生きている。私は笑うことができなくて、苦しんでいる」と。
メンタルクリニックの先生の言葉も薬も、今の彼女を救うことはできないでいる。
私にも、「どうしてそんなに元気で、働きつづけていれるのか?」と聞く。
「私も、二度と心の底から笑うことは無いだろう、と思ったことがあること」、「自分にとって働く意味・仲間との出会い」など話したいことはあるが、今の彼女に、わかってもらえる自信がない。
先日の新聞に、五木寛之氏の「自分の生きていくことに、価値を求めるな、ただ、生きているだけで価値がある」という言葉が載っていた。
「生きていてくれるだけでいい」という言葉に繋がる思い出がある。
もう20年以上前の学生の言葉だ。
父親が自殺を試み、両手を失くして施設に入所していた。
彼女の肩に母親や妹だちの生活がかかっており、経済的負担と、父親の最後の電話を受けながら救えなかった自分を責める気持ちで、苦しんでいた。でも、車の免許をとり、父親をドライブに連れて行ったりして、できることを精一杯やっていた。しかし、彼女が看護学校3年生の時、父親が再度自殺をしてしまった。施設の仲間に手伝ってもらっての自死だった。
お葬式の時の「生きていてくれるだけで、良かったのに」という言葉が忘れられない。
新人看護師の頃、下肢切断の患者さんや、ストーマの患者さんを見て、「生きているほうが辛い」と思う自分があった。しかし、子供ができてからは、「どんな事があっても、生きていたい」と思うようになった。
子供が成長してからは、仕事が生き甲斐になってくれた。
「生きている意味」は、人との関わりの中で教えてもらった気がする。
彼女にはまず自分の存在の意味・大切さに気づいてほしい。
そして、笑ってくれる日がくることを信じたい。
平成23年11月14日 古賀 八重子
皆は、「生きている意味がわかっている人なんてそんなに居ない」と慰めてくれる。
「でも、そんな言葉は、自分にとって何の意味もない。皆は笑って生きている。私は笑うことができなくて、苦しんでいる」と。
メンタルクリニックの先生の言葉も薬も、今の彼女を救うことはできないでいる。
私にも、「どうしてそんなに元気で、働きつづけていれるのか?」と聞く。
「私も、二度と心の底から笑うことは無いだろう、と思ったことがあること」、「自分にとって働く意味・仲間との出会い」など話したいことはあるが、今の彼女に、わかってもらえる自信がない。
先日の新聞に、五木寛之氏の「自分の生きていくことに、価値を求めるな、ただ、生きているだけで価値がある」という言葉が載っていた。
「生きていてくれるだけでいい」という言葉に繋がる思い出がある。
もう20年以上前の学生の言葉だ。
父親が自殺を試み、両手を失くして施設に入所していた。
彼女の肩に母親や妹だちの生活がかかっており、経済的負担と、父親の最後の電話を受けながら救えなかった自分を責める気持ちで、苦しんでいた。でも、車の免許をとり、父親をドライブに連れて行ったりして、できることを精一杯やっていた。しかし、彼女が看護学校3年生の時、父親が再度自殺をしてしまった。施設の仲間に手伝ってもらっての自死だった。
お葬式の時の「生きていてくれるだけで、良かったのに」という言葉が忘れられない。
新人看護師の頃、下肢切断の患者さんや、ストーマの患者さんを見て、「生きているほうが辛い」と思う自分があった。しかし、子供ができてからは、「どんな事があっても、生きていたい」と思うようになった。
子供が成長してからは、仕事が生き甲斐になってくれた。
「生きている意味」は、人との関わりの中で教えてもらった気がする。
彼女にはまず自分の存在の意味・大切さに気づいてほしい。
そして、笑ってくれる日がくることを信じたい。
平成23年11月14日 古賀 八重子
2011年11月7日月曜日
看護支援相談室だより No.30
学習室ができました。
看護支援相談室に、図書室、実習室に続いて、学習室ができたのです。
私が休みの日や夜間でも、事務室で鍵を借りれば、自由に使用できます。
とにかく嬉しいです。
仕事が終わった後、皆で集まって勉強し合える場所、議論したり、おしゃべりして、元気をもらえる部屋、時には一人で本が読める部屋。
前任のH校では、学生が命名したリバイブルーム(よみがえる部屋)がありました。実習で疲れた学生が戻ってきて、コーヒーを飲んだりして、ほっとする場所と共に、夜間も8時までは使えたので、実習のまとめや、国家試験の勉強に使っていました。
正直言って、徳洲会は患者さんを大切にしていますが、職員を大切にしていないと感じることがあります。でも、こういう提案がすんなり通る自由さは魅力です。
職員が大切にされている、必要とされていると思える病院には、未来があります。
「ここに居てもいいよ、居てくれてありがとう」という雰囲気の中で、患者さんもまた癒されていくのだと思います。
現場では、患者さん第1で頑張ってくれている看護師さん(もちろん他の職員の方たちも同じです)にとって、看護支援室は、看護師さん第1の場所でありたいと考えています。
リバイブルームとして、学習室が活用されることを願っています。
平成23年11月7日 古賀 八重子
看護支援相談室に、図書室、実習室に続いて、学習室ができたのです。
私が休みの日や夜間でも、事務室で鍵を借りれば、自由に使用できます。
とにかく嬉しいです。
仕事が終わった後、皆で集まって勉強し合える場所、議論したり、おしゃべりして、元気をもらえる部屋、時には一人で本が読める部屋。
前任のH校では、学生が命名したリバイブルーム(よみがえる部屋)がありました。実習で疲れた学生が戻ってきて、コーヒーを飲んだりして、ほっとする場所と共に、夜間も8時までは使えたので、実習のまとめや、国家試験の勉強に使っていました。
正直言って、徳洲会は患者さんを大切にしていますが、職員を大切にしていないと感じることがあります。でも、こういう提案がすんなり通る自由さは魅力です。
職員が大切にされている、必要とされていると思える病院には、未来があります。
「ここに居てもいいよ、居てくれてありがとう」という雰囲気の中で、患者さんもまた癒されていくのだと思います。
現場では、患者さん第1で頑張ってくれている看護師さん(もちろん他の職員の方たちも同じです)にとって、看護支援室は、看護師さん第1の場所でありたいと考えています。
リバイブルームとして、学習室が活用されることを願っています。
平成23年11月7日 古賀 八重子
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