2011年8月23日火曜日

看護支援相談室便り No.23

看護師の適性について考えさせられた。
ある看護学生が、教員から「適性がないので、看護師になるのを辞めたらどうか」と言われたという。
確かに、看護学生を募集する時、「責任感のある人」「コミュニケーションがとれること」など望ましい資質について説明する。入学試験でも、殆どの学校で面接試験を行い、人物もみて選考している。
ナイチンゲールは、看護婦に最も必要な能力の一つに「自分自身はけっして感じたことのない他人の感情のただなかへ自己を投入する能力」をあげて、人の苦痛に共感できない人が看護婦をする怖さを述べている。医療や教育のような仕事で、ミスマッチな職業選択がされると、双方に悲劇が起こる。
だからと言って、入学させた学生に、「適性が無い」と宣言することには、抵抗がある。

大正9年に聖路加高等看護婦学校が開設された時も、半年間の試用期間というものがあり、授業態度や姿勢、ナースとしての可能性を見極め、可能性無しと判断された人は載帽式前に辞めさせられたという歴史がある。私の学生時代にも、試用期間があり、1名、夏休みが終わった時点で、来なくなった学生がいた。無口で、少し暗い感じはしたが、やさしい学生だったので、誰が、何の基準で適性が無いと判断するのか、疑問に思った。
以後、私は、適性という言葉を安易に使わないようにしてきた。
「適性が無い」と言うことは、「私には、貴方を教育する力がない」と認めることだと思っている。

色々な人が看護師になる時代だ。「適性」と言うより、人相手の仕事をするうえでのルールについては、教えないと分からないことも多い。
私は、看護師に必要な態度をきちんと表現して、学生・新人看護師に示し、努力させたいと考えている。

患者の言葉に耳を傾け、その言葉の意味をくみ取ることができる。
頼まれたことは責任を持って行い、できない時は理由を伝えることができる。
相手の生活信条、信念、価値観を尊重した態度がとれる。
患者の秘密・プライバシーを守ることができる。等

「適性がない」と言うほど大切にしている「適性」とは何か、
大切だからこそ、わからないでいる学生には、分かるように伝えるべきと考える。

8月23日  古賀 八重子

2011年8月11日木曜日

看護支援相談室便り No.22

支援室の前の掲示板にマザー・テレサの言葉を書いた色紙を掲示した。
学会のポスターがはがされた後、何も貼られていなかったので、ちょっと拝借して遊んでみた。
書いてくれたのは、前任校のO君だ。
几帳面なきれいな字で
「やさしい言葉は
たとえ簡単な言葉でも
ずっとずっと
心にこだまする」
と書いてある。
読むたびに、寡黙なO君の姿が浮かぶ。
患者さんに喜ばれるいい看護をしても、実習記録には、実践した事実が数行書いてあるだけだった。私が、90点以上と評価した時も、自己採点を70点と付けて来た。
自分に厳しく、いつも出来ない事の方を数えていた。
3年生になって、自信がついただろうか?

学校を離れてから、こんな風に学生のことを思い出す。
実習を2つ落として留年(卒業延期)が決まった学生のことを聞いた。
誤解されることもあったが、本当は先生で優しい学生だった。
休学になりそうな友達を心配して、泣いていたこともあった。
今、どんな思いでいるかと思うと、心が痛む。
連絡をとりたいと思いと、子供を置いて出てきた母親のような負い目があって、
「今の自分に、何ができるか」考えると、素直に素直に手紙が書けない。
でも、今までも、これからも、私はあの学生たちのそばに居る。

8月11日 古賀 八重子

2011年8月4日木曜日

看護支援相談室便り No.21

近よりて
つくづく見れば
汚(し)みのなき花などあらず
むしろ気味よき          大塚陽子

夏のガーデニングは虫との闘いです。
朝夕見ていても、すこし油断すると、見る影も無く虫に食べられて、ひどい時には枯れてしまいます。今、私を悩ませているのは、コガネムシです。
数年前、大好きな白の侘助や、春一番というツツジに百匹以上のコガネムシがついて丸坊主になり、翌年ツツジは枯れてしまいました。
しかし、2年前から植えたサンパチェンスの花にコガネムシがつくようになり、他の花や樹木は助かっています。
サンパチェンスはたくさんの花を咲かせるので、少し位食べられても(この頃は半分くらい食べられているが)、遠くから見ればきれいな花だと見えます。

自然の中で、花を育ててみると、完全な形の花がいかに少ないか、気づかされます。
でも、どの花もきれいです。

8月5日  古賀 八重子

2011年8月1日月曜日

看護支援相談室便り No.20

「看護がこんなに楽しいものだったなんて!」

教員研修の看護実習生のKさんが、満面の笑みで飛び込んできた。
 「久しぶりに患者さんと、ゆっくり話ができて嬉しかったです。施設からの入院で、面会もなく傾眠状態の患者さんが、昔の話しをする中で、中学校の校歌を歌ってくれたんですよ。上手くしゃべれなくて、殆ど口をきいていなかった患者さんも、ゆっくり話すことで反応を示し、コミュニケーションがとれたんです。」
80代後半の寝たきりの患者さん達も、人と話すことで、脳も聴力も活性化し、いきいきした表情になった。頻回に鳴らしていたナースコールも減少したと言う。
毎日、時計だけを見て暮らしているという患者さん、後は地獄へ行くだけだと言っている患者さん。
でも、皆、話がしたい、聞いてほしいと思っている。
「こんな風に患者さんとゆっくり話しをする、ボランティアをしたいと思った。看護師としての視点を持ちながら、本を読んだり話をしたりして、刺激になるような関わりができたらいいですね。」
もちろん、これは看護そのもだ。
しかし、今の臨床では、むつかしいことだ。
グループホームに居る母も、3ヶ月で無表情に変ってしまった。

私も、そんなボランティアを最後に役割にしようかな、と相槌を打ってしまった。

7月28日  古賀 八重子