2011年7月22日金曜日

看護支援相談室便り No.19

「乳搾るナカレ、耕すナカレ、種蒔くナカレ、ふくしまの春かなし」
美原 凍子  朝日歌壇

日常とは、昨日の続きの今日があり、明日がある毎日の生活のことである。
震災から4ヶ月、被災地は今も厳しい非日常の中にある。
日常が失われた時、人は日常の大切さに気づく。

ナイチンゲールの時代から、看護は環境(生活)を整えることを大切にしてきた。
人は生きているかぎり、日常生活は続いていく。
形は変っても途切れることはない。

夫が勤めていた高校を、奨学生募集で訪問した。
亡くなってから6年たつ。
仕事が生きがいの人だった。
皆が無理だと言う不登校の生徒を、1年間、毎朝迎えに行って卒業させたこともあった。
父子家庭だから、公立大学に入学させなくてはと、自宅に連れて帰って指導し、夜中の12時にまた送っていった。
病気になっても、「進路は一生を左右することだから、手を抜かない」という信念は変らなかった。
部活も、柔道の楽しさを教えたいと、土日も休まなかった。
「 生涯ヒラ教員 」として、全力で生きた夫だった。

6年たった学校は、校舎も、生徒たちのざわめきも、以前のままの日常だった。

7月22日  古賀 八重子