お盆が近づいてきました。
亡くなった人を迎える月です。(旧盆で育ったのですが、今は新盆の地域です。)
いつまでたっても、亡くなった人のことを忘れることはない、むしろ亡くなってから父や夫のことを考える時間が多くなった気がします。
夫の闘病最後の1年、危篤の日を除いて、私のとった有休は1日だけでした。
行革の嵐の中、管理職として厳しい日々を送っていました。
一番大変な時は、父と夫が同じ病院に入院していて、仕事帰りにまず父の所に顔を出し、夫の所に行ってデパ地下で買った弁当を食べ、消灯近くに家に帰る生活でした。
「もう帰るのか」父はいつもそう言った。
しかし、「もう少し居てくれ」とは言わなかった。
夫の背中をマッサージしながら、明日の会議や仕事の段取りを考えていることも多かった。
亡くなってから、悔やんだのは、取り返せない時間のことだ。
なぜ、何もかも忘れて、、もっと話をしなかったのか、
あの時、大切だと思った仕事のことなど、ささいなことではなかったか、
そんな事で失う信頼など元々無かったものなのに。
父も夫も、「私に居て欲しかったのだ」きちんと、心を向けて、居て欲しかったのだ。
彼らにとっても、私は「かけがえのない人」だった。
私は、失ってから「かけがえのない人」との「かけがえのない時間」に気づいた。
お盆は、亡くなった人と、きちんと向き合う機会だと思う。
7月8日 古賀 八重子