母のこころ
連休中の2日間、グループホームにいる母を外泊で自宅に連れてきた。
施設に入ってから、面会のたびに無表情になっていく母をみるのは辛かったが、一緒に草取りをしたり、食事の準備をしていると、いきいきといした母になる。
今回も、外泊のため迎えに行った。母は、部屋に閉じこもって寝ていた。朝から下痢気味で、排泄に失敗し、トイレを汚したショックで昼食も食べずに寝ているという。
母は、年を重ねても、世慣れた図々しさがなく「人様に迷惑をかけないように」つつましく生きて来た。その母が、排泄の失敗でどれだけ傷ついているか、よくわかる。
前回、自宅に来た時は、トイレは一度教えれば自分で行けれたが、今回はその都度連れていかないとわからなかった。でも、行きたい時に誘導すれば失敗はなかった。
一緒にお風呂に入って髪を染めてやると「お正月頭になった、まだ2~3年は染めていたい」と言い、息子の彼女を「明るくていい娘で良かった、これでにぎやかになるね」という母はいつもの母である。でも、父や夫はまだ生きていると思っている。
母に残っている能力は、洗濯物や布団をきちんと畳む、食器をきれいに洗い上げる、草を根元からしっかり抜くこと等だった。
そして、私たち、3人の子供に対する愛情だった。
柏餅や果物など美味しいものを食べると「家に持って帰りたい、あと三つないかしら」と探し回る。子供の頃、茶摘や田植えの手伝いを行なっておやつに貰うキャラメルや飴を、母は一つも食べないで私達に持ってきてくれた。私達は、それを当然のように受け止め、数が余ったときはジャンケンをして分けていた。今、改めて、母の愛情を感じる。そして、切ない。
壊れていく母よ
あと何回
私を「八重子」と呼んでくれるだろう
5月1日 古賀 八重子