2011年5月27日金曜日

看護支援相談室便り No.13

6月、短大の基礎実習があります。

1年生ですから、入学して2ヵ月半の学生です。
「入学生の看護志向調査」のよると、1年生で、自分が看護師に向いているか不安という学生は43%、どちらともいえない38%、つまり80%の学生は、看護師に向かないのではと悩んでいるのです。
私も、学生時代、看護師には向かないと言われた事があります。初めての実習で、受け持ち患者さんが亡くなった時、病室で声をあげて泣いてしまったのです。

せめて一度温泉旅行をとすがりつく子等に看取られ農婦死にたり

大家族の中で、休みなく働いている農婦の母の姿と重なって、こらえきれなかったのです。「感情のコントロールができない人は、看護師には向かない」と叱られました。「看護師」が語られる時、どうしても「看護師は冷静で、受容的でなくてはいけない」ことなどが強調されます。私の年でもむつかしいことが、20歳にもならない看護学生に求められる現実は厳しすぎると思います。看護教員になってからも、発達課題以上の課題を無理にはたすことを要求されている学生をみて、心が痛みました。
「やさしくなくてはいけない」「排泄物を汚いと思ってはいけない」と教育しなくても、学生は自分で気づき育っていきます。
「ありのままの自分を大切にされた学生は、ありのままの患者さんを大切に思うことができる」これは、私が33年かけて実践してきた一つの理論です。

前、前任校で、ある1年生がこんな基礎実習の感想を書きました。
「私は初め排泄の世話をすることがこわかった。自分が汚いと思ってしまうことがこわかった。もし、そう思ってしまったら看護師になる資格はないと思ったからだ。でも、患者さんが失禁(おもらし)してオムツを替える時や、トイレでおしりを拭く時、汚いとは全く思えませんでした。むしろ、失禁をなくしてあげたいとか、ペーパーだけでは気持ち悪いだろうから蒸しタオルで拭こうという思いが出てきました。こういう思いが看護なんだと思いました。」
排便があったことを、自分のことにように喜ぶことができた学生、人としっかり関わると、その人が特別な存在になることを、1年生でも知ることができるのです。

基礎実習の1年生に、じっくり、しっかり関わってあげたいと思います。


5月27日  古賀 八重子

2011年5月23日月曜日

看護支援相談室便り No.12

ちょっと新人をほめさせてください。

入職して2ヶ月目ですが、新人が一人前の看護師になれるか、心配している人も居ると思います。

新人は、まだ大きな声で看護感を語りませんし、知識も技術も未熟かもしれません。でも、「こんな看護をしたい」という意欲(芽)を持っています。

認知症の患者さんを見て、「本人はわからないかもしれないけど、家族の気持ちを考えると血液で汚れたシーツを早くかえてやりたいと思う」というやさしさ、
一緒にオムツ交換をした時、便が出掛かっているのを見て、「すっきりしてやりたい」とすぐ「摘便します」と言って看護師さんに許可をもらいに走り、尊厳を守って丁寧に排泄ケアをした真摯な態度、
配属になったら、記録を早く書いて、ベッドサイドに行く時間をたくさん作りたい、その為に、疾患と症状の観察マニュアルをポケットサイズで作りたいと頑張っている予測能力のある新人、
初日から「私に欠けているものは何ですか、どんな勉強をすればいいんでしょう」と質問してきた新人は、いつも「私がやります」と積極的に手を出し、一日も早く力をつけようと努力しています。
どの新人の姿からも看護が好きなことが伝わってきます。

評価や義務感のためでなく、「この人のために」と心が動く看護師を育てることが一番大切で困難なことです。知識や技術があっても、気持ちが動かなければ看護は行動化できないのです。新人の持っている宝に、たくさんの人が気づいてほしい。

3年間で看護師としての知識・技術・態度を教える大変さを知る者として、身びいきかもしれませんが、新人たちの「看護の心」に感心しています。
「私は、何をするために看護師になったのだろうか」という原点に戻らされます。育ててくれた彼女たちの先生方にも感謝の気持ちで一杯です。


この芽を育てていくのは私たち臨床の責任です。

5月23日 古賀 八重子

2011年5月16日月曜日

看護支援相談室便り No.11

今、できることを大切に

経験2年目の若い教員が支援室を訪ねてきた。学生の指導についての報告と言うか確認。
詳細は個人情報なので省略するが、いつも冷静で認知症の患者さんに「出て行け」と言われてもしっかり対応できる社会人の学生、いい気づきをしているのに、カンファレンスでは、若い同級生の前で自分を出さないのが気になっていた。一人で、ボーっとソファーに座っていたので「どうかした?辛いことはないの?」と声をかけたら涙を流したので驚いたという。

「初めて受け持ち患者から拒否された、最初は人間関係も良かったが、患者がうつ状態になり、看護師や看護教員への不満をぶつけてくるようになった。自分としてはどうしてあげることもできずに聞いているだけだった。そのうち、学生の受け持ちも止めて欲しいといわれた」と。教員は、どんな学生にも援助が必要だと気が付いたが、話しを聞いてあげることしかできなかった。最後に「患者さんが辛いことや不満を看護師さんや教員でなく、あなたにぶつけてきたことはすごいことだよ。自分の弱さをあなたには見せていいと思ってくれたんだから、それも看護だと思う。あなたも、無理に元気を出さなくてもいいから、何時ものように、( 今、できることを大切に )患者さんと向き合っていけばいいと思う」と伝えたら
「聞いてくれてありがとうございます、声をかけてくれて嬉しかった」と言ってくれたそうだ。

彼女は、悩んでいる学生の異常を感じとり声をかけた、
学生の辛さを受け止め、辛さの体験にも意味があることを伝えることができた。
なによりも、「今、できることを大切に」、学生と向き合い話ができた。

1年間、自分が教員に向いているのか、悩んでいた彼女の報告は嬉しかった。

一雫こぼして延びる木の芽かな    諸九尼


5月16日  古賀 八重子

2011年5月14日土曜日

看護支援相談室便り No.10

美しいものをみること

病院の9階から見る駿河湾は、本当に美しい。就職を決めた理由の一つだ。
今、東日本大震災の津波の映像が鮮烈で、複雑な思いはある。
でも海や山の自然も人間も、恐ろしい時もあるが、美しさに変わりはないと思う。
脳外科の金子先生はいつも「美しいものを美しいと思う心と、患者の痛みを感じる心は同じだ」と美しい絵を見ることや音楽を聞くことの大切さを伝えてくれた。先生の講義のスライドの合間に映される花の写真は、学生を癒してくれた。

新人は少し疲れている様子です。肩の力をぬいて、美しいものを見て欲しい。「生きているからこその悩み」「こうなりたい、という理想があるからこその悩み」「真剣に考えるからの悩み」だと気づいてほしい。いつか、悩んだ自分が愛しいと思う時がきます。
形や内容は違うけど、皆一つひとつ乗り越えながら年を重ねています。

夫が亡くなってしばらくは仲の良い夫婦を見ると辛かった。
ある時、何気なく見ていたテレビの中で、「夫婦が色々あっても別れないのは、人生の最後の夕日を一緒に見るためだ」と言うセリフがあり、自分には最後の日、一緒に夕日を見る人がいない現実を突きつけられた(と思った)

ひとりでも生きねばならぬ生きられる
言い聞かせつつ花に水やる

こんな歌ばかり作っていた。耐えられなくなって友達に話したら
「私と見ればいいでしょ」とあっさり言われ、まだ自分に在るものに気づかされた。
夫を亡くした悲しみは今もある。
しかし、人の心は、こんな風に救われるものだ。

5月13日  古賀 八重子

2011年5月10日火曜日

看護支援相談室便り No.9

赴任して1ヶ月がたちました。

私の主な仕事は、実習を含む教育全般に関わることですが、支援室はメンタル面等のサポートをする相談業務と、知的興奮の場としてキャリアアップを支援する業務(図書室)の場です。
4月、相談室への来訪者は、仕事の打ち合わせに見えた師長さんや事務職員と新人以外は図書を借りに来た3名だけです。
私は、非常勤で、朝礼にも出なていないので、存在を知られていないためか、相談するほどの悩みはないのか、わかりませんが、個人的な内容を許可なく報告したり、書くことは絶対にありませんから安心して来て下さい。理由がなくても来てくれたら嬉しいです。

今一番欲しいのは、図書の充実です。インターネットで最新の情報を見ることができる時代ですが、本を読むことで見えてくることも多いと思います。仕事を深めるヒントをえるためには、専門誌を何冊かは読んで欲しい。「元気・やる気」のでる情報を用意しておきたい。
図書室を作ってくれたのはすごくありがたいことです。でも、私の夢は、本だけではなく、視聴覚教材も充実させて、VTRやDVDを見て、皆で自由に勉強できる場所です。学生たちは、本当に興味を持って、学びたいと思った時、時間がないとは言いませんでした。
新人も、4月の中間反省会で、仕事が終わってから、同期の人と勉強していく場所がほしいと言っていました。
専門職として、自ら学んでいく努力は必要です。でも、気づいたことを共に実践していく仲間、「頑張ったね」とわかりあえる仲間がいれば働くことは、楽しいものになるのではと考えます。「大変だけれど辞められないね」と思って働けるためには、何が必要か、自分にできることは何か、毎日考えています。

5月9日 古賀 八重子

2011年5月2日月曜日

看護支援相談室便り No.8

母のこころ

連休中の2日間、グループホームにいる母を外泊で自宅に連れてきた。
施設に入ってから、面会のたびに無表情になっていく母をみるのは辛かったが、一緒に草取りをしたり、食事の準備をしていると、いきいきといした母になる。
今回も、外泊のため迎えに行った。母は、部屋に閉じこもって寝ていた。朝から下痢気味で、排泄に失敗し、トイレを汚したショックで昼食も食べずに寝ているという。
母は、年を重ねても、世慣れた図々しさがなく「人様に迷惑をかけないように」つつましく生きて来た。その母が、排泄の失敗でどれだけ傷ついているか、よくわかる。
前回、自宅に来た時は、トイレは一度教えれば自分で行けれたが、今回はその都度連れていかないとわからなかった。でも、行きたい時に誘導すれば失敗はなかった。
一緒にお風呂に入って髪を染めてやると「お正月頭になった、まだ2~3年は染めていたい」と言い、息子の彼女を「明るくていい娘で良かった、これでにぎやかになるね」という母はいつもの母である。でも、父や夫はまだ生きていると思っている。
母に残っている能力は、洗濯物や布団をきちんと畳む、食器をきれいに洗い上げる、草を根元からしっかり抜くこと等だった。
そして、私たち、3人の子供に対する愛情だった。
柏餅や果物など美味しいものを食べると「家に持って帰りたい、あと三つないかしら」と探し回る。子供の頃、茶摘や田植えの手伝いを行なっておやつに貰うキャラメルや飴を、母は一つも食べないで私達に持ってきてくれた。私達は、それを当然のように受け止め、数が余ったときはジャンケンをして分けていた。今、改めて、母の愛情を感じる。そして、切ない。

壊れていく母よ
あと何回
私を「八重子」と呼んでくれるだろう

5月1日 古賀 八重子